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金亀苑 金治直美ブログ

児童書を追いかける日々

好きって最強!

  1. 2019/07/21(日) 15:25:12_
  2. 金亀のひとりごと
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15日、NHK総合でドラマ「永遠のニシパ〜北海道と名付けた男 松浦武四郎〜」が
放送された。
(ニシパは、アイヌ語で成人男性の尊称。「大切な人」という意味もあるようだ)
ドラマの出来は正直いって、う~むというところだが、
(そもそも主演の松本潤が武四郎のイメージと違う)
松浦武四郎がドラマになっただけでもうれしい。
俳優さんがたも、アイヌ語のセリフがけっこうあって、たいへんだったろう。

松浦武四郎という人、間宮林蔵や伊能忠敬と並び称されてもいいのでは、と思うが、
知名度はいまイチ。
幕末から明治にかけて、蝦夷地に何度も渡り、
地図を作りアイヌの文化を書き記し、
シサム(和人)に搾取され迫害されるアイヌの人々のことを、幕府や明治政府に訴えた人だ。

 武四郎の碑(白老)

 DSCF6595.jpg
 
二風谷アイヌ文化博物館のプレート

DSC_1673.jpg

蝦夷地を「北海道」と命名し
(元は『北加伊道』。カイは、アイヌ語でこの地に生まれた者という意味)、
また札幌、小樽、根室、登別など、
アイヌの地名に漢字を当てて、残してくれた。
彼がいなかったら、日本語由来のつまらない地名になっていたことだろう。
北海道各地の地名の由来を紐解くだけでも、アイヌ語の勉強になる。

その武四郎、蝦夷地に渡ってアイヌの現地ガイドさんと旅をして、
アイヌ文化や精神性を理解し、好きになったのだろう。
自然の一部として生き、上下関係もなく平和に生きる民族性を、
武四郎は愛したから、アイヌの人々のために奔走した。
単なる人権意識や義侠心や同情だけでは、続かなかったのではないかな。
ドラマでも、そのあたりを、アイヌ女性とのラブストーリーをからめて語っていた。

わたしは、どうしてだか自分でもわからないけれど、
先住民族の文化が好きだ。
アイヌだけではなく、イヌイット、ネイティブアメリカンなど、
どの民族の文化も懐かしく感じる。
そして思う、好きでよかった、と。
アイヌの人々が日本の地に共に生きていること、
その文化を守ろうとする人々がいることが、
わたしはとてもうれしい。

ああ、また北海道に行きたくなった。
あの居心地のいいチセ(家)で、ごろんと昼寝をしてみたいなあ。

白老のアイヌ民族博物館内のチセ
(この博物館は、現在閉鎖されています。2020年に国立の施設としてオープン予定)

DSC_1677.jpg

 
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白内障の手術、しちゃいました

  1. 2019/07/15(月) 15:14:36_
  2. 金亀のひとりごと
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白内障の手術をしちゃった。
いずれ自分も、と考えている方も多いでしょうから、
簡単にレポートしてみます。
長いので、関心のない方はスルーしてくださいな。

白内障が始まっている、と近所の眼科でいわれたのは、二年前のこと。
右目の視力がどんどん落ちてしまい、眼鏡で矯正しようにも、
レンズの度を上げても見え方はかわらず、という状態だった。
さらにこの4月、風邪をひいたらあと、なんだかますます見えにくくなった。
「視力」もチカラ、体力が落ちると減るんだなあ。
左右アンバランスで、目がひどく疲れ、肩はこり、頭痛もする。車の運転がコワイ。
というわけで、さっさと手術にふみきることに。

まず眼科医選び。これまでかかっていた眼科医院で、
日帰り手術をやっている。手術日は月三回、手術件数も多そうだ。
んじゃここでいいや、とあっさり決めてしまった。
なんたって、徒歩4分だし!

さて、手術には一般的なものと、レーザーによるものがあるようだが、
保険適用の一般的なものにした。
レーザーのほうが精密でミスが少ないという情報もあるけれど、
手術の内容自体は変わらない。
医師の手によるかレーザーで切るかの違いのようだ。
ただし、費用は、ひとケタ違う。
レーザー治療は生命保険の先進医療特約が適用になり、わたしも加入していたから、
レーザーでもいいのだが、徒歩4分の医院ではやっていない。
ま、ここは医師の腕を信じることにした

で、次なる選択は、単焦点レンズか多焦点レンズかということ。
眼球内の白濁した水晶体を吸い出して、人工レンズを入れるわけで、そのレンズが、
平たくいうと「近視対応」か「遠近両用」か、選べるわけだ。(「遠近両用」は、保険適用外)
医師の説明やネット情報によると、多焦点レンズは便利だけれど、
見え方は近くも遠くもすべてクリアになるわけではなく、
見えにくさの出る場合もある、とのこと。
眼鏡の場合でも、遠近両用だと本や新聞はやっぱり読みにくく、
けっきょく老眼鏡が必要だ。そんな感じかな。
せっかく手術するのに、見え方に不満が出たらイヤだなあ。
白内障の手術は、原則一生に一度だそうで、やり直しはなかなか難しいようだ。
そこで、リスクの少なさを取って、「単焦点レンズ」でいくことにした。
手術後、眼鏡なして文庫本が読める! となった人は多いようだが、
わたしの場合、老眼鏡は一生手放せないことになるなあ。
これは、かなり大きなマイナス点ではあるが、しかたがない。

診察の途中で、重大なことが見つかる。
わたしは、眼球のなかの水分が排出されにくいタイプであり、
そうなると眼圧が上がり、近い将来――早くて五年後くらいに、
急性緑内障になる危険が大きい、という。最悪、失明するらしい。
だから、今回の白内障の手術は、医師の所見としては、
その危険を回避する意味のほうが大きい。
白濁してぶ厚くなった水晶体を取り除き、薄いレンズで代替することにより、
眼圧を下げることができるのだそう。
これはもう、待ったなしじゃわ!

・・・というわけで、7月3日に手術決定。
術後の眼と体の安静のために、前日までにバタバタといろいろな用事を片づける。
原稿確認に打ち合わせ、メールの諸連絡、ブログを予約投稿に。
数種類のおかずを作りおき、映画も観にいっちゃった。

当日、緊張しながら眼科に赴くと、手術を待つ人でいっぱい。
車いすの人もいる。わたしが一番若いかも?(ぜんぜんうれしくないけど)
聞いてみると、この日の午後だけで、19人だとか。
手術件数が多いのは安心ではあるけれど、
センセイ、看護師さんがた、くたびれて手元が狂っちゃったりしないのか? ドキドキ。

待合室で、瞳孔を開く目薬を点眼してもらったとき、
看護師さんからチェックが入った。
「今日は、洗顔後、乳液や化粧水はつけてないですよね?」
当日はスッピンはもちろん、化粧水も不可、と説明書にあったっけ。
「あの・・・顔の下半分だけ、ハトムギ水着けちゃったんですけど。
でも、ほんとに顔の半分というか、口のまわりだけというか・・・」
 看護師さん、口元だけにっこり笑って、
「洗い流してくださいねー。点眼する薬剤が流れて化粧水と混じると、
化学変化することがありますから」
 洗顔料とタオルを渡され、待合室の手洗い所で顔を洗うはめになりました。
 注意事項は、ちゃんと守りましょうね~。
 しかし、待合室にいた40分くらいの間に、洗顔を申し渡された女性は、
わたしを含めて3人もいたわ。
ふふふ、どんなときでも顔に水分補給したくなる、それがオンナってものさ。

待っているあいだに、手術を済ませた人たちが、
次々に看護師さんに手を添えられてやってくる。
ぐったりしている人や顔色の悪い人はいない。
みんな、けっこうピンピンしているのね。ほっとした。

麻酔薬の点眼のあと、術衣を着せてもらい、いよいよ手術室へ。
扉を開けて驚いた、医師と看護師、全部で6人。
3名くらいかと思っていたのだが、安心した。

美容院のシャンプー台のようなところに乗っかると、心臓がバクバクし始めた。
手術中、まぶたをぎゅっと持ち上げられているのだろうか? 
その指がゆるんで、うっかり目を閉じちゃったらどうなるの?
と思ったら! まぶたのところにリングのようなものをはめられ、
目は閉じたくても閉じることはできない。
それはそれで、ドキドキする。目がかわいちゃったら、どうするの?
と思ったら! 顔に流れ出すほど、ばしゃばしゃ何種類もの目薬がぶっかかる。
かわくどころじゃない。なにつまらんことを心配しているんだ?

さて、最大の心配は、「見えている」ということ。
麻酔しているから、痛くはないだろうけれど、コワイよう。
イメージは、仰向けの状態でギロチンの刃が迫ってくるようなものか?
と思ったら! ばしゃばしゃの目薬で目玉は水浸し、プールの底から見上げている感じだ。
ライトのまぶしさはわかるけれども、ゆらゆらとして視界は定まらない。

そこに、なにかが迫って来る。「刃物」なんだろうけれど、
プールの底状態だから、ヒモみたいに細くぐにゃぐにゃに見える。
これなら、たいして怖くないわ。

目玉に、なにか「されている」。
つっつかれたり、つっこまれたりしているようだ。
「今、何しているとこですか~?」と聞いてみたい。でも、
「ハイ、水晶体を吸い出しているんですよ・・・あっ、手元狂った! 
ダメじゃないですか、そんなこと話しかけちゃ!」
「こんな患者、初めてですう!」なんて事態になったらえらいこっちゃ。
だまって、じいっとしているに限る。(異常を感じたら、声に出して訴えていいんだけどね)

じいっとじいっとして、10分ほど。無事終わった。ふうっ。
目にガーゼを当てられ、保護眼鏡をかけて帰宅。

その晩はシクシク痛む。
これって、ふつうのこととは思うけれど、やっぱり不安だ。
すると、9時過ぎ、医師から電話が!
「お食事は取れましたか? 薬は飲みました?」
ハイ。
「なにか不安なこと、困ったことはありますか?」
「シクシク痛いのですが・・・」
心配いらない、とのことで、一安心。
医師から電話をもらったのは初めてだ。ほっほう! いい先生じゃん?
19人の患者さんぜんぶに、電話かけているんだなあ。たいへんだなあ。

目の安静と感染症予防のために、保護眼鏡は一週間かけっぱなし。

      DSC_0188.jpg

寝ている間も着用しなければならない。こんなごついもんかけて眠れるか!? 
・・・緊張がとけたせいか、ぐーぐー寝ちゃいましたわ。

手術翌日にはガーゼが取れて、両目使って生活できる。おお、ちゃんと見える!
切ったり突っ込んだりしたのに、すごいもんやなあ。

明るさが違うのにもびっくり。 
これくらい、違う!

左目
左目で見た景色

DSC_0185.jpg
手術した右目で見た景色

右目だけで見ると、梅雨空がちょっと晴れてきたかと思うほど。

わたしは手術日含めて、PCは丸3日間は開かない、と決めていた。
早々にPC作業して、回復が遅れた人がいると聞いたのでね。
でもスマホはやっぱりちょっと、使ってしまった。

右目の視力はかなり回復した。
こちらの希望どおり、「左目よりもちょっといい程度」に見える。
これまでの近眼用の眼鏡は合わなくなったが、これは歓迎すべきこと。
しかし、手元はぼうっとして、霞む霞む。あせる! 老眼、こんなにひどくなったの!
こんなことなら、多少のリスクがあっても多焦点レンズにすべきだったか? 
しかし、日を追うごとに見え方が変わり、術後2,3日で
手元もかなり見えるようになってきた。
これまでの老眼よりは、ちょっと進んでしまった感じではあるが、
眼鏡で矯正できるだろう。

眼鏡を作り直すのは、1,2か月待ったほうがいいそうだが、
眼鏡なしだと目が疲れてたいへん。
医師に相談し、術後二週間目には正確に検眼して、眼鏡を作り直すことに。
それまで、二年前まで使っていた眼鏡と、
100均の老眼鏡でしのぐことにする。
PCは、画面を拡大できるので、むしろ活字より見やすいかも。
・・・というわけで、ブログの文章、がんばって書きました。

おやおや、ちょっと目の奥が痛い。
やっぱり無理は禁物でございます。



剣とビーナス

  1. 2019/06/22(土) 15:05:39_
  2. 金亀のひとりごと
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またまた行ってきました、埼玉県民のパワースポット、さきたま古墳公園。

9基もの大型古墳を有する、全国有数の古墳群です。
造られたのは、5世紀末から7世紀にかけてのこと。

DSC_0714.jpg
 稲荷山古墳

この古墳群は、世界遺産登録の申請中なのですが、
埋葬されたのは誰なのかいまだ特定できず、なかなか登録に至らないようです。

そのなかの一つ、稲荷山古墳からは、当時は珍しかった鉄剣が出土されています。
(「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」。

DSC_0141.jpg
さきたま史跡の博物館に展示してある金錯銘鉄剣。接写でなければ撮影可。

持ち主は、雄略天皇の家臣といわれています。
雄略天皇といえば、万葉集の巻一(一)、つまり巻頭を飾る歌である、
『こもよ みこ持ち ふくしもよ みぶくし持ち・・・』のナンパ歌で有名な大王ですね。

5世紀後半にはすでに、
大王の権力が九州から東国まで及んでいて、
ガイドボランティアさんに聞いてみると、
稲作も、すでにこのあたりに広まっていたと考えられるそうです。

稲作!・・・わたしはゴハン大好きで、米がないと生きていけないのですが
稲作が中央集権国家体制の大きな柱であり、
せっかく作った米を租税でごっそり持っていかれたなんて、イヤだなあ。

縄文時代はいいなあ。
飢えは病気は当然あったとしても、
租税がなく、貧富の差の少ない暮らしだったことでしょう。
そして、戦争はほとんどゼロ!

縄文人は、さきたま古墳の時代は、まだ弥生人と共存していたのでしょうね。
中央集権国家が強固なものになるにつれて、縄文人は迫害され追いやられ、
あるいは弥生人と同化されていったことでしょう。
縄文人と弥生人、大王や豪族ではなく、庶民の、名もなき人々は、
どんな思いで同じ空の下で暮らしていたのでしょうか。
川の向こうは「のっぺり顔」の村だ、争いを起こすな!という感じだったのか、
「のっぺり顔」の村へ、商売(物々交換)しに行こう、という感じか、
きっとその両方だったことでしょう。

そんなことをほわほわ考えていたら、
友人から小さな包みが送られてきました。
開けてみたら、カチャポンのカプセルが。
長野県の名物をそろえたカチャポンのようです。
わくわくしながら開けると
(いつもこのカプセルのセロテープをはがすのが、めちゃもどかしい)
わ! 「縄文のビーナス」!

DSC_0167.jpg

これ、欲しかったんだよお!
長野県茅野市から出土した縄文時代中期の土偶で、妊婦さんの像です。
この大らかさ。豊かさ。

縄文のスターが、フィギュアのケースに三体も!

「ハート形土偶」と「遮光器土偶」

 DSC_0170.jpg

友人は、「金ちゃんの好きな土偶ちゃんが出ますように!」と
念じながら、ガチャのハンドルを回してくれたそう。
ここ数日の、わたしの「縄文回帰」が通じたのかしら?



昭和の父

  1. 2019/06/16(日) 09:30:00_
  2. 金亀のひとりごと
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今日は、父の日。
わたしの父が他界して、すでに30年近くたつ。
戦争を体験し、高度成長期に働いた、まさに昭和を生きた人だった。
記憶にあるのは、黙々と、一人で酒を飲む姿ばかり。

それでも、たまに父が家のことをする日があった。
初夏、網戸を出してきて取り付けたり、秋にはずして洗って納戸にしまったり、
春にストーブ類を片づけるのは、父の役目だった。
大きな網戸をひょいと苦もなくはずして持ち歩き、
ホースの水でじゃぶじゃぶ洗うのを
見ているのが好きだった。

月に一度、家々の真ん中を流れる側溝の清掃日があった。
つまりドブさらいの日。
わたしの実家は小さな家ばかりが集まっていた一角で、
他県から移り住んだ勤め人世帯ばかり、
父親同士の近所付き合いも、皆無だった。
それでも、父親たちは月に一度、共同でドブさらいをやってくれた。
ドブ板はコンクリ製だったので、男手でないとはずせない。
〇〇ちゃんちのおじさん、〇〇くんちのおじさんが、
ランニングシャツ姿で、重いドブ板をどっこいしょ、とはずしている。
みんな汗びっしょりになる。
うちの父もちゃんと作業に加わっていて、ほっとする。
父は人一倍不愛想だったので、子ども心にハラハラしていたのだろう。
ドブ板が全部はずれると、おばちゃんたちも混じって、
ほうきやちりとりでドブどろをかき出し、
バケツに水をくんできて、水が澄むまで流せば完了。

父親たちが、共に働いているところを見るのが、
わけもなくうれしかったっけ。
むっつりしていた男たちが、作業が進むにつれて笑顔になっていくのが、
新鮮だった。

無口で、わたしや姉と遊んでくれたこともない父の、
ささやかすぎる思い出だ。

さて、令和のパパたちは、昭和とは比較にならないくらい、家庭的なのではないか。
特に、子どものめんどうをよく見るパパが増えたなあと思う。

えむちゃんを寝かしつけて、自身も寝落ちするパパ(撮影はママ)
 
 05AD9CC7-2E2A-4228-AD6A-8BDF75F4F72E (1)

図書館へ絵本の読み語りに行くと、子どもたちを連れてきたパパが増えたこと!
今日、わたしの読む絵本をお子さんの後ろから熱心にながめていたのも、
若いパパだった。
時代は動いているんだな。




「父」の数字

  1. 2019/06/09(日) 14:59:23_
  2. 金亀のひとりごと
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昨日の朝刊に、出生数の記事がでっかく出ていた。
「合計特殊出生率」、とやらが、1.42だったそうで。
これは、一人の女性が生涯に産む(と見込まれる)子どもの数、だそうだ。
年々低下していて、人口の維持に必要な2.07を大きく下回る。

だから、意識低い政治家が、「三人以上は産んでいただきたい」などと言い出すわけで。
(『三人以上産みたくなるような社会にしたい』と言えないのかね?)
ふと、思ったよ。
「三人以上の子どもの父になっていただきたい」
という意味の失言を、聞いたことがない――。

なぜ、女性だけについての数字なんだろ?
《一人の男性が生涯に産ませる子どもの数》の統計って、ないんだろうか?
〈産ませる〉ってところが、なんや怪しげな響きになってしまうが・・・。
「一人の男性が生涯に遺伝上の父親となる子どもの数」?
これもなんだかイマイチやけど。

文言はどうでも、男性の統計があったらいいのに。
でないと、人口減が女性のせいであるかのようなニュアンスがつきまとう。
未婚でも既婚でも、女性にプレッシャーがかかってしまう。

出生数が把握できるのだから、「父」もカウントできるはず。
そうしたら、いかに「父」として子どもを育てる数が少ないか、一目瞭然だ。
「男性の結婚願望が低下しているから」「経済的に無理」
果ては「オトコを追い詰めるな」などなど、出てきそうだな。

そうなると、出生率の低下は、男性個人の問題ではなく、
社会の問題であることが、男性政治家にもわかってもらえるのではないかな。

ちなみに、先日産んだ卵。あ、わたしじゃないですがね。
 DSC_0129.jpg

愛亀キメラ嬢、かなりのトシですが、まだ産めるようだ。
最盛期には30個近くを三回に分けて産んでいたが、
今年はまだこの三個だけ。
あと一回くらい、産みそうだ。というのは、産卵してもまだ食欲が出ないから。
(おなかに卵があると、食べられないらしい)
早く産み終わらないと、飢えてしまう! がんばれ、キメラ!

産む性というのは、いつになってもシンドいものだなあ・・・。


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プロフィール

金G亀美

Author:金G亀美
イラスト:大塩七華
かなじ・なおみ 児童書作家 埼玉県在住。
主な著書に『さらば、猫の手』(岩崎書店)『マタギに育てられたクマ』(佼成出版社)『ミクロ家出の夜に』(国土社)『花粉症のない未来のために』『子リスのカリンとキッコ』(佼成出版社)『知里幸恵物語』(PHP研究所)『私が今日も、泳ぐ理由 パラスイマー一ノ瀬メイ』(学研プラス)『となりの猫又ジュリ』(国土社)『クレオパトラ』『マイヤ・プリセツカヤ』(学研プラス)など。
日本児童文芸家協会会員 
童話サークル「かざぐるま」会員
よみうりカルチャー・大宮教室
「童話を書いて楽しもう」講師

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