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金亀苑 金治直美ブログ

児童書を追いかける日々

知覧特攻平和会館でもやもや考えた

  1. 2018/10/07(日) 17:29:54_
  2. 金亀のひとりごと
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
先月のことになるが、鹿児島と屋久島に行ってきた。
女子三人旅だ(へへ、今どき、『女子』というのは中高年ばかりなり)。

一日目は、鹿児島泊まり。
鹿児島空港から、「知覧特攻平和会館」に向かう。
ここは、太平洋戦争末期、特攻隊として海に散っていった
二十歳前後の若者たちの遺影、遺品、記録などを
「恒久平和を願って」展示している。

入館して、最初に目にした太平洋戦争についての解説で、「え?」
ものすごい違和感。
「第二次世界大戦において、
欧米列強の植民地とされたアジア諸国を救うために、日本は戦争へと突入・・・」
こんな説明だった。
なにそれ? アジア諸国を救う?
日本がぶん捕る意図は見え見えだったのに?

こんな説明を読んでしまうと、
そのあと何を見ても、心に染みてこない。
写真に残る、出撃前に子犬と遊ぶ少年兵たちの笑顔に、胸を衝かれはするが・・・。

 練習機

      ①1知覧特攻平和会館


若い兵士たちが乗り込んだ戦闘機は、
そのほとんどが整備不良や燃料不足、飛行技術不足で、
目的を達することなく海の藻屑と消えてしまった、と聞いている。
そのことも、館内ではほとんどふれていない。

死んでいった隊員は、「勇士」とされている。
そりゃ、遺族の気持ちを考えたら、勇士、英雄としたくはなるだろうが、
ここははっきりさせたい。
彼らは犠牲者だ。国家に殺された被害者だ。
そこが踏みはずされていると、「恒久平和を願って」と掲げてあっても、
どこか危ういものを感じてしまう。

死んでいった若者の命は、もちろん尊い。
けれども、悲劇性や悲しみが、
国家のために若者を殺す「特攻」という愚策を覆い隠してしまわないか?
あんな史上最悪の、作戦ともいえない残虐行為を、
若者の「尊い思い」の結果として括ってほしくない。

何によらず、若者を死に駆り立てる大人は、みな醜い。

鹿児島のシンボル、開聞岳。
飛び立った若者たちの目にも、この山が映っていただろうか。
 
   ①9

海はどんな時代でも、美しい。
若者たちが「消されて」いった海原に、続いている。

 ①3

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家電様に秋が来た

  1. 2018/09/30(日) 15:26:25_
  2. 金亀のひとりごと
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
今の家に引っ越して、ちょうど一年になる。
昨日、ようやく意を決して引っ張り出したものがある。
エアコンや換気扇などの取扱説明書だ。
ハイ、引っ越し時に新調したこれらの電気製品、
取説いっさい見ずに,一年間もテキトーに動かしていました。
家電を動かす前に、取説の1ページ目から精読できる人を
尊敬しちゃうなあ。

どれも一年間使って、汚れている。手入れしなくちゃ。
「お手入れ方法」のページを開き、「どれどれ・・・」そして気が遠くなった。
エアコンには、こんなにたくさんの機能があったのか!
そして、こんなに何種類もの手入れが必要なのか!
「内部クリーン」? 「掃除アシストブラシ?」
「プラズマクラスターパトロール」ってなんや?? 
こんなにお手入れを要求するとは、えらい家電様やったのねえ。
 
      エアコン
   エアコン様

 三台のエアコンの取説を必死で読んで、
とりあえず「内部クリーン」を手動で操作して
エアコン様自身で夏期の汚れを落としてもらう
(おいおい、冬の汚れも積もっていたはずだろ)

取説にはさらに、「オープンパネル」やら「気流パネル」やらをはずして掃除せよ、
とあるが、それにはまずいろんな扉や部品をはずさなくではならず、
そこをクリアし掃除できても、
今度ははずしたものを、はめこむことがデキナイ自信100%だ。
ごめんよ、エアコン様。もはやこれまで。

次に、換気扇の取説に立ち向かう。で、またも気が遠くなる。
「整流版」とやらをはずして、中のファンをはずして、オイルパックをはずして・・・。

    kannkisenn.jpg
        換気扇様

こちらも、たとえはずせても、きれいに洗う根性はないし、
またしても、はずしたものをはめこむことがデキナイ自信100%。
換気扇クリーニングの会社に電話して、プロにお任せすることに。カネで解決だ。
 
へろへろになって扇風機に向う。
わたしの愛する「カモメファン」、
昨日最終回の朝ドラ「半分、青い」にも登場した、そよ風の扇風機だ。

   扇風機
   扇風機ちゃん

買ったのは一昨年、二夏使っているが、昨年の秋はひっこしのドサクサにまぎれて
手入れしないまま、しまい込んだんだっけ。
今年こそは、羽のほこりをふいておかなくちゃ。
いくらわたしでも、このくらいはできるだろう。
・・・と思ったけれど、前面のガードが、は、はずれない!
どこにどう手をかけていいやら、さっぱりわからん。
うーむ、ここまでアホのぶきっちょやったとは。
苦闘15分、泣き泣きガタガタゆすっているうちに、パコッ。
はずれたあ!  扇風機2


・・・そんなこんなで、家の中もようやく秋本番となりました。

友人が作った、バターナッツかぼちゃ。
このフォルムを見たら、

 bata-.jpg

こうしたくなるよね。

 かぼちゃの

遊んだあとは、ポタージュに。余さず食ってやるからね。

     スープ

あまーい! これぞバターナッツの真骨頂!
家電様にふりまわされた疲れが癒えました。身も心もとろとろ。


 シベリア旅行記 その3 ロシアあれこれ、ちょっと不思議あり

  1. 2018/09/18(火) 18:17:43_
  2. 金亀のひとりごと
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
5日間のシベリアツアー、観光は中3日だけ。
その最終日は、イツクーツク市内と、リストヴィヤンカでのバイカル湖観光だ。
この日、2か所の日本人墓地を訪れた。
太平洋戦争でシベリアに抑留され、強制労働させられたあげく、
この極寒の地で果てた人々の墓だ。
イツクーツク市内のものは、お骨は遺族に返還されたので、
墓地ではなく慰霊碑だった。

④イツクーツク 日本人慰霊碑

リストヴィヤンカの墓地には、いまだ遺骨が眠っている。
④リストビヤンカ日本人墓地2
片仮名の墓標。かの地の石工さん、当然漢字は書けないけれど、片仮名は美しかった。

持参した日本酒をまいている男性がいる。
わたしも、せめておせいべいでも持ってくればよかったなあ。

シベリアには、思いがけぬつながりがある。
義父が、戦後2年間ほど抑留されていたのだ。
義父が収容されていたのはこの地ではなく、
もっと満州寄りであったらしいが、
身内が同じ災禍にあっていたと思うと、合わせる手に力がこもる。
義父はすでに亡く、抑留時代の話を聞かずじまいだったことがくやまれる。

この日、午後はバイカル湖クルーズとバイカル湖博物館見学。
青い青いバイカル湖、琵琶湖の46倍の面積を誇り、
その水量は地球上の淡水の20%にものぼるそうだ。
こりゃもう、「真水の海」だ。

  DSCF8767.jpg


そしてここには、「バイカルアザラシ」がいるのだよ!
めっちゃでっかい目玉のアザラシだ。
その存在は、この本で知った。

『すごい目玉をもったアザラシがいる! (動物ふしぎ発見)』 山本省三 著 喜多村武 絵
 アザラシ
 
 バイカル湖面から、たまに顔を出すそうだから、クルーズのあいだじっとながめていたけれど、お目にかかれず。
バイカル湖博物館の水槽で泳いでいるそうなので、
わくわくしながらご尊顔を拝みに行くと――。
あらら、顔が全然見えない! 水槽を泳ぐ横向きの姿しか見えないのだ。
お目目が大きいかどうか、わからなかった。ああ~~!

写真、こんなボケボケしか撮れず。
    ④

しかも、現地ガイドさん、目の大きさについては、何も言わないし、
どうやら説明のパネルにも書かれていないみたい。
お目目が大きいこと、現地ではスルーされているのかな?
それとも、当たり前すぎて言及しないのか? 解せぬ・・・。

今回のツアーで、唯一のおみやげさやさん。
  
 ④おみやげやさんのオームリ燻製

といっても、「お魚市場」と呼ばれる屋台で、
バイカル湖名物の「オームリ」という魚の燻製が中心。
あとは、民芸品が少々。
日本のおみやげ攻勢に慣れている身には、
あまりの商売っけのなさにびっくり。
でも、ツアーのコースにおみやげやさんが組み込まれているより、さっぱりしてていいや。

ここで買ったのは、自分用の「マトリョーシカ」と、「シャーマン」のフィギュア。

  ④マトリョーシカ

              ゴースト,

シャーマンは、大好きな「ゴースト・ドラム」を思い出したもんで。
先住民族なのだろうか、荒々しい雰囲気がいいなー。

 ゴースト

『ゴースト・ドラム――北の魔法の物語』スーザン・プライス 著 中村仁 絵 福武書店

旧ソ連の名残りもあった。
二日目に行った、ウラン・ウデのソビエト広場、巨大なレーニンの頭像。
  ②51レーニン頭像

ガイド嬢に「こういうの、正直どう思うの?」と聞いてみたら、
「観光になるので、今ではありがたいです」という優等生のお返事だった。

そして、これを書くがどうか、迷ったのだが、
「バイカル湖の悲劇」という話がある。
観光旅行では語られないものだ。
ロシア革命のとき、負けた軍が敗走し、女性や子どももいっしょに、
冬というのに東へ東へと旅してバイカル湖にさしかかり、
凍結した湖を渡る途中でマイナス70度もの雪嵐にあい、
全員凍死したというのだ。
その数、25万人。
遺体はほうむられることなく、春になって氷が溶けると湖底に沈んでいった。
本当の話としたら、いまだ湖には・・・。
ほかのツアー客に聞こえないように、ガイド嬢に聞いてみた。
「本当なの?」
「そういう可能性もあります――でも、一般的な話ではありません」
うーん、可能性あるのか。歴史の暗部だなあ。

前々回にも書いたけれど、ホテルの設備やアメイティは、
どんなもんじゃろと不安だったが、
まずまず困ることはなかったし、
シベリア鉄道も正確に着き、その他レストランの対応やらなにやら、
不満を感じることは、ほとんどなかった。
なんせ、ホテルに蚊がいっぱいいたらどうしよう、
蚊取りマットを持っていこうか、とか、
トイレにペーパーあるんだろうか、ロールを一巻き持っていこうか、
なんてことまで考えていたんだもの。おみそれしやした。
ソ連が崩壊して17年。名残りはあるものの、シベリアの地も時代の波が寄せていた。

で、そのトイレ事情。
書くかどうか迷ったが、実は一点、大いに困ったことがあった。
水洗トイレはどこに行っても、ほぼあったけれど(100%ではない)、
ペーパーを流していいのは、ホテルだけやった。
あとは、備え付けのバケツなどに入れるのだ。しかも、蓋というものがまず、ない。
それは、シベリア鉄道のなかも、なんと飛行機のトイレも同じ。
でもね、安心してください、涼しくて湿度が低いので、びっくりするほど匂いません!
とはいってもね~、一番まいったのは、飛行機内。
ゴミ入れは、バケツ型ではなく、せまい差し込み口に押し込むタイプ。
その状態で、7時間ほど飛ぶわけで、時間が経過するにつれ、
ゴミ入れは満杯に・・・。押し込むには、勇気と技術が要ったわ。
成田までがまんしてトイレに行かなかった人もいたくらい(体にめちゃ悪い!)
こんな話でごめんなさい!

ま、そんなこともあったけれど、興味津々のシベリア、
楽しんでまいりました。
お隣の国なのに、知らないことがいっぱい。
今度は、冬の雪原をシベリア鉄道で越えたいなあ。なーんて、また行くんかい?

最後に、心惹かれた風景を。イルクーツクのホテルの真ん前に残っていた、昔ふうの家。
 DSCF8739.jpg

古ーい家でしょうけれど、細工が細かい! 
廃屋かと思ったら、ロシアの母娘さんが家に入っていきました。失礼!
童話ゴコロを動かされるおうちです。


シベリア紀行 その2  シベリア鉄道 ごっとんごっとん

  1. 2018/09/16(日) 11:59:38_
  2. 金亀のひとりごと
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
あわわ、前回の更新から、なんと三週間も過ぎていた! 
けっしてサボっていたわけではなく、なにかとハードだったのですわ。

さて、シベリア旅行記②、いよいよシベリア鉄道だ。
長くなってしまったので、興味のある方だけ、どうぞ。

シベリア鉄道は、モスクワ と日本海岸のウラジオストク間9,289kmを、
約7日間をかけて走破する。
かつて、パリに遊学した与謝野鉄幹に会いに、晶子もこの鉄道で旅したそうだ。
宮本百合子、林芙美子も、走破した。
こんな本もあるよ。

 『女三人のシベリア鉄道』森まゆみ・著 集英社文庫
 
     シベ

われわれのツアーは、日中の8時間、
ウラン・ウデからバイカル湖近くのイルクーツクまで走るだけ。ま、ちょうどいいか。
朝7時にホテル出発、ウラン・ウデ駅へ。
駅舎は新しくきれいだが、お弁当やさんだのおみやげ屋さんだのは、見当たらない。
この国って、商売っ気が薄い。いやいや、日本がありすぎなんだろうな。

   ③ウラン・ウデ駅

この町は、ロシアのド真ん中からやや東寄りの町で、
南下すると、モンゴルの首都、ウランバートルに着く。
何年か前にモンゴルに行ったときに、ウランバートル郊外を、
ウラン・ウデからやってきたシベリア鉄道の支線が走っていたっけ。
うれしくて、夢中で手をふったなあ。

  ウラン・ウデ駅ホームにてウラン・ウデ駅 ホーム側

ホームで待っていると、列車がごっとんごっとん、やってきた。
30両編成、長い! そこに、われわれ日本人ツアー客用に二両接続され、32両編成だ。
二等車で、四人用のコンパートメントだった。

      ③シベリア鉄道

ウラン・ウデ駅を定刻の8時に出発。

 コンパートメント入口と通路
 ③二等車のコンパートメント入口

コンパートメントには、二段ベッドが二つあり、
下段の二つに四人で座って過ごす。

   ③コンパートメント内

眠かったら上段のベッドに上がることもできるが、まあ、昼間だし、やめといた。
  
 ③二段ベッド

それに、上段にあがるはしごがちっちゃくて、昇り降りはかなりコワそう。
荷物はすべて、コンパートメント内に運び込んだけれど、
小さめのスーツケースにしたおかげで、
日中の数時間過ごすには問題のない広さだった。

列車はごっとんごっとん、走る。
山を遠景に、うねうねとした緑あふれる丘が広がる景色だ。

   2012 094

      ③車窓から
                    

美しいんだけどね・・・。実をいえば、この景色、わたしが望んでいたのと、ちょっと違う。
わたしゃ、真っ平らな地平線が見たかったのよ~~。
同室のお仲間が、「あっ、あっちのほうが真っ平よ!」と
通路側の窓を教えてくれる。
通路に出てみると、ほんとだ! 
こっちの窓の外は山や丘がなく、ときどき森林がとぎれて平らな地平線が見える。
やったー!
でもねー、電線・電柱はずっと線路といっしょにのびている。
うっとうしいなあ・・・。あほか、電車やから当たり前やん。

    ③地平線

現れては消える地平線ウオッチングをしながら、
あらかじめ決めていた歌を、小声で熱唱する。走行音で周りには聞こえないはず。
「みーどり もーえる 草原をこえーてーーー」
「ああかいサーラあファン、ぬううてみーてーもー」
ロシアの歌、「ポールシカ・ポーレ」と「赤いサラファン」だ。
えへ、満足。

同室の三人は中高年女性で、気持ちのいい人ばかり。
オバチャン同士の会話は、否が応でもはずみまくる。いやー、楽しかったわ。
でもねー。ツアーだから、ロジア人と同室になる期待はしていなかったが、
無愛想な日本人男性一人旅や、
イヤな感じの夫婦づれといっしょになっても、よかったかも。
そしたら、じっと黙って延々と続く丘陵地帯をあきるほどながめ、
本を読んだり居眠りしたり妄想したり、一人旅のように過ごせたろうな。
・・・と贅沢なことを考えてしまった。

昼食は、ホテルで渡されたお弁当。
トーストサンド(ハムやローストビーフ)、
ワッフル、ベリーのジャム、バナナ。インスタントコーヒーもあったかな。
サンドイッチは、見た目よりおいしい。

サントドイッチ、一切れ食べちゃってから撮影。
  ③お弁当

添乗員さんからは、ウオッカ少々と、インスタント味噌汁、
日本茶のティパック、紙コップなどの差し入れがあり、ありがたい。
ウオッカは、同室の人に飲んでもらったけどね。
え? お湯はどうするの? と思われた方、安心してください。
サモワールという給湯器があり、
熱ーいお湯はいつでも自由にもらえる。
カップ麺など持ち込んだら、おいしかったろうな。
給湯器は、蛇口を回せばいいだけなのだが、実はちょっと怖かった。
持参の携帯ポットにお湯を入れたのだが、
携帯ポットの細い口では、列車が揺れたときに手にお湯がかかりそうなのだ。
取っ手付きのもののほうが安全だ。
そういえば、でっかい取っ手のついた頑丈な耐熱グラスが借りられるようだったが、
頼めばよかったわ。

列車は、ごっとんごっとん、走る。
四人用のコンパートメントは、なかなか快適。
さて、ほかの車両はどんなのだろう? 一等は、三等は、食堂車は?
食堂車は、営業していないことが多いそうだけど。
よし、探検しにいこう。
デッキに出て隣の車両に行ってみた。
おお、コンパートメントではなくて、まるで病院の大部屋のように、
長いすというか、幅の狭いベッドがずらりと並んでいる。三等車両らしい。
二段ベッドの三等車両もあるらしいが、
この車両には二段はないようだ。
それにしても、生活感がハンパない。
カーテンも見当たらなく、プライバシーの6文字は無いに等しい。
ランニングシャツ一枚に半パンのおじさん、
タンクトップに半パンのおばちゃんやお姉さんがベッドでゴロゴロしている。
シベリアといえども、窓が開かないので車内はけっこう暑い。
日本人車両とはちがう匂いがする。

そのゴロ寝の人々の間をすり抜けて、アジアのおばちゃん、さらに隣の車両へ。
ここもほぼ同じだ。
引き返すことにする。
あまりの生活感に、これ以上通り抜けていくのが申し訳ない気がしてさ。
一等車両と食堂車を見られないのは残念だけどね。
このロシアの人たち、どこから乗って、
どこまで行くのかな。車中で何泊するのだろう。
その間の食事はどうなっているのかな。
パンやハムやチーズ、缶詰めなんかを持参しているのかな。
シャワーもないから、サモワールのお湯を使って体をふくのかな。
ちょっとでいいから、話をしてみたかったな。ロシア語は何一つわからないけど~。

集落というほどではないが家々は、出発してからずっと、ちらほらと見かける。

    ③家 (2)

想像よりも「原野度」は低い。
ウラン・ウデでも感じたが、たいていの家は小さくてかわいい。
極寒を過ごせるような壁には見えないが、今もペチカがあるのかな?
店は一軒も見あたらない。どうやって生活しているのかなあ。

発車二時間ぴったりで、バイカル湖が見えてきた。
さすが透明度世界一、碧い湖面が美しい。
 
       ③バイカル湖

列車は、いつくかの駅に停車しながら、ごっとんごっとん、走る。
日本と違って、駅名のアナウンスなどは、一切ない。静かなものだ。
発車するときも、ピーッと笛がなるだけ。自己責任が徹底している。
どのホームも、乗り降りする人はほとんどいない。

途中、停車した駅で、ガタイのいい女性車掌さんが
「テン・ミニッツ!」と叫ぶ。10分間の停車かな。
みんな、ぞろぞろとホームに降りて深呼吸をする。
長ーいホーム、屋根も売店もなく、とっても広々している。

 ③ホーム

大きなカゴを手にした、おばさんが歩いている。
かごには、バイカル湖名物のオームリという魚の燻製や、赤や紫のベリー類。
乗客に売りに来た、地元の人らしい。
買ってみたいけれど、ガイドブックでは「鮮度が心配なので、避けたほうがいい」そうだ。

バイカル湖をながめながら、ごっとんごっとん、走る。
イルクーツクに近づくにつれて、家が増えてきた。
でも高いビルは一つもなく、空が広いこと。

    ③イルクーツク駅ホーム

 定刻ぴったりの4時10分に、イルクーツク着。
 おみそれしやした!

駅正面玄関  ③イルクーツク駅正面
  
  
 ③イルクーツク駅舎

 りっぱできれいな駅舎、おお、ロシア!  大きな街で、人通りも多い。 
道行く人は、ウランウデとは違って、ロシア系が圧倒的に多いようです。

 次回は、「シベリアあれこれ」

シベリア紀行 その1 ロシアは広い!

  1. 2018/08/26(日) 20:36:26_
  2. 金亀のひとりごと
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
地平線が見たい。
それが、中学生のころからの夢だった。
だから、行ってきました。シベリアへ。
「バイカル湖とシベリア鉄道五日間」のツアーに参加してきました。

往復ともチャーター機で、ロシアの「アンガラ航空」、
七五人乗りのちっちゃい飛行機だ。
座席は、二席と三席で、バスみたいな感じ。

3アンガラ航空の飛行機

実はわたし、ちょうど旧ソ連時代を生きた人の自伝などをこってりと読んでしまったので、時代が違うってわかっていても、
えっ、ロシア機? 整備はだいじょうぶ? 
ホテルは、お湯がちゃんと出るか?など心配だらけ。

初日は、ロシアのなかのブリヤート共和国の首都、
ウラン・ウデに、現地時間11時に到着。
時差はマイナス一時間だから、とても楽。
ホテルは、大きくてりっぱ、設備もちゃんとしていた。
タオルと石鹸以外のアメニティはないと聞かされていたが、
シャンプーや歯ブラシ、スリッパ、
お水のボトルや紅茶ティバッグやインスタントコーヒーもある。
ぜったい無いと思っていたドライヤーや湯沸かしポットもある。
おみそれしやした。
ドライヤー、持参するのが面倒なので、
髪の毛ちょん切ってきたんだけどね。

翌朝、ホテルの窓から見たウラン・ウデ市内。う~~ん、美的ではないな。
DSC_0254.jpg


朝食の、コケモモなどのべリーのミックスジュース(左)と、
ライ麦パンを発酵させて作るクヴァスというドリンク(右)。
これ、ちょっと香ばしくておもしろい。
パンを発酵させたドリンク? びっくりだけど、甘酒だってゴハンを発酵させるもんねえ。

 DSC_0257.jpg

さて、二日目はウラン・ウデからバスで一時間ほどの、
セメイスキーの人々が住むタルバカタイ村へ。
セメイスキーというのは、ロシア正教の一派ではあるけれど、
「古儀式文化」というものを受け継ぐ人々で、
世界無形文化遺産に登録されているそうだ。
セメイスキーの家は、窓や壁を色鮮やかに塗っていて、おしゃれ!

                  村のなかの家
家2
 

セメイスキー民族博物館で、
 民俗資料館入口

昔からの農機具や生活用具の見学。
どこの民族も、人間の営みというのは、大きくは変わらないなあ。
でも、バターを作るための桶などは、もちろん日本にはないね。

 バター桶

めずらしいのは、棺桶。
          かんおけ

セメイスキーの人々は、大人になるとそれぞれ木を切り倒し丸太にして、
それをくりぬいて何年もかけて自分用の棺桶を用意するという。
「終活」を、10代の終わりくらいから始めるわけだ。いいかも!

資料館の壁も、かわいくペイントしてあった。どこの家もこうして、家の中を飾るらしい。
長い暗い冬を、少しでも華やかに過ごす工夫だそうだ。

         壁画


村の民家で、セメイスキーの民族音楽を鑑賞。
みんな年配の歌い手さんばかりだけど、
すごい声量、みごとに重厚なハーモニーで、すごくよかった。

 音楽
             
圧巻は結婚式の再現。
日本人のご夫妻が花嫁と花婿の衣装を着せてもらったのだ。
社会人のお子さんのおられる中年ご夫妻だが、
きらびやかな衣装を一枚ずつ重ねアクセサリーを付けていくと、
どんどん若やいで、娘さんと若者の姿に見えてくる。
ツアーのみんなから、「おめでとう!」の声がかかる。
いやー、ほんま素敵でしたよー。

   結婚式

昼食は、セメイスキーの伝統的な家庭料理。
ゆでじゃが添えの牛肉の塩味煮込み、
赤いベリーのジャムをぬったパンや、ブッラクベリージャムを入れて焼いたパン、
塩味のねじりドーナツ、ピロシキ。
サーラとよばれる、豚バラ肉の塩漬けや、サラダ。
黒くてねっとりしたデザート、ひまわりの種で作るっていってたかな?
きなことチョコを混ぜたようなおもしろい味。
どれも、素材の味がわかる素朴なおいしさで、大満足だった。
   
料理3
                 料理1
                                        料理2

特に、パン類が異様にウマイ! 
わたしは小麦粉に軽いアレルギーがあるので、
日ごろあまりパンや麺類は食べないようにしていて、
パン、麺合わせて10日に一度くらい。
だから、たまにパン類を食べるときに、まずかったりすると腹が立つ。
この日のパン類は、持ってかえりたいくらいだった。

その日の夕食は、ウラン・ウデのレストランで、ブリヤート料理。
ボーズとかブーズとよばれる、でっかい小籠包のようなものが出てきて、
ナイフとフォークが添えられている。
切ると、肉汁がダバダバ・・・。ああ、もったいない!
皿をもちあげてすするか?と恨めしくにらんでいたら、
現地ガイドさんが、「これは本来は手づかみで食べるもの。
まず、てっぺんの穴から、肉汁を吸ってください」とおっしゃる。
うっしゃー! その通りにかぶりつくと、5割増しでおいしい。

   ボーズ

手も顔もベトベトで、なんか幸せ。

ああ、昔ながらの食べものはいいなあ。

民族音楽団がやってきて、演奏とダンスを披露してくれたが、
モンゴルの音楽やダンスとそっくり!

  踊り、モンゴル風

それもそのはず、ブリヤートの全人口の約4分の1は、モンゴル系の民族だそうだ。
そこここで、日本人そっくりの人をいっぱい見かけたよ。
セメイスキーの歌を歌ってくれたおばちゃんなんて、わたしの伯母にそっくりだ。
しかもここウラン・ウデは、モンゴルの首都ウランバートルと近い。
(といっても400キロ以上はあるけどね)
午後に見学した、ロシアチベット仏教の総本山、イヴォルギンスキー・ダツァンも、
モンゴルで見た寺院とよく似ていた。 
  イヴォルギンスキー・ダツアン


ロシアは広い。
四日目の夕食で入ったイツクーツクのレストランは、
ウスベキスタン料理店だったが、かの地も独立前は旧ソ連の構成国だった。
カスピ海に近いのに、ここもソ連だったのか!
ウズベキスタン料理の牛肉の岩塩焼きを食べながら(ウマイ)、
露出度の高い、くねくねしたベリーダンスを見たあと、
次にロシア民族舞踊ショーがあって、その対比がおもしろい。

                                DSCF8776.jpg


   ロシア民謡

ロシアの広大さに、ちっこい島国のおばさんは、
頭がクラクラしたのでした。

次回は、シベリア鉄道記です。



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プロフィール

金G亀美

Author:金G亀美
かなじ・なおみ 児童書作家 埼玉県在住。
主な著書に『さらば、猫の手』(岩崎書店)『マタギに育てられたクマ』(佼成出版社)『ミクロ家出の夜に』(国土社)『花粉症のない未来のために』『子リスのカリンとキッコ』(佼成出版社)『知里幸恵物語』(PHP研究所)『私が今日も、泳ぐ理由 パラスイマー一ノ瀬メイ』(学研プラス)『となりの猫又ジュリ』(国土社)『クレオパトラ』(学研プラス)など。
日本児童文芸家協会会員 
童話サークル「かざぐるま」会員
よみうりカルチャー・大宮教室
「童話を書いて楽しもう」講師
イラスト:大塩七華

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